「横溝正史少年小説コレクション②迷宮の扉」(横溝正史)

原典版と改訂版、それぞれの意味

「横溝正史
 少年小説コレクション②迷宮の扉」
(横溝正史)柏書房

「仮面城」
六年生の文彦が
雑木林の奥にある洋館に
たどり着くと、
中からは少女の悲鳴が。
夢中で飛び込むと、
そこには頭に鮮血をにじませた
老人が倒れていた。
老人の娘・香代子は、
金色の小箱を文彦に託し、
秘密にすることを約束させる…。

現代において横溝正史ジュヴナイル
読もうという人間は
私くらいなのではないか?
本シリーズ
「横溝正史少年小説コレクション」
刊行される前、
そのように思っていました。
違いました。
本書はAmazonでも
ベストセラーとなっていて、
発売予定日二週間前に
予約したにもかかわらず、到着が遅れ、
現在は品切れ状態が続いています。
それだけ注目度が高かったのです。

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挿絵も素敵です

その理由の一つは、
「①怪獣男爵」でも述べましたが、
原典版が
収録されているということでしょう。
「仮面城」では、
角川文庫版と原典版に、
このような相違点があります。
「十年まえ、
 中国からひきあげてくるまでは、
 文彦の一家も、香港で
 はなやかな暮らしをしていて、
 自動車の三台も
 持っていたくらいだが、
 今はもうその面影もなく」

 (角川文庫版)
「戦争後、
 満州からひきあげてくるまでは、
 文彦君の一家も、奉天で
 はなやかなくらしをしていて、
 自動車の三台も
 持っていたくらいですが、
 いまはもうその面影もなく」

 (原典版)

「金色の魔術師」
七人の少年少女を生け贄にすると
宣言した金色の魔術師。
最初に狙われたのは
滋の級友・山本少年だった。
滋は達哉・公平とともに、
謎の空家にたどり着く。
鍵のかかった部屋の扉の
隙間から覗くと、
金色の魔術師が
今しも山本少年を…。

改訂された点の一つは、
状況設定を現代(1970年代)に
合うようにしてあるという点です。
60年代の子どもが
「戦争」「奉天」といわれても
ピンとこなかったでしょう。
もう一つは語尾です。
敬体(です・ます調)が
常体(だ・である調)に
改められています。
「仮面城」以外の作品にも
同様の傾向が見られます
(ただし「迷宮の扉」は
原典版も常体で書かれている)。

「迷宮の扉」
嵐に遭った金田一耕助が
一夜の宿を申し入れた
龍神館と呼ばれる屋敷には、
ひ弱そうな少年と、
老人の使用人二人、
そして家庭教師だけが
住んでいた。
彼らが待っていた来客は、
到着した直後、
何者かに撃たれ絶命する。
金田一は…。

本文割り込みの挿絵はもっと素敵です

これらの編集を行ったのは山村正夫氏。
うれしいことに本書巻末資料には、
山村正夫氏が1979年に寄稿した
「横溝正史のジュヴナイルと
金田一耕助」
が収録されていて、
その改定の経緯が説明されてあります。
なお、氏が編集を行ったのは
朝日ソノラマ版(70年代前半)、
角川文庫版(70年代後半)に
おいてです。

「現代の読者には、
 何といっても金田一耕助の方が
 知名度が高いし親しみも深い」

そのためなんと、
本来由利・三津木コンビの登場する
「蠟面博士」「夜光怪人」まで
探偵役を金田一耕助
改変しているのです。

「灯台島の怪」
伊豆半島付近の孤島である
通称「燈台島」を、避暑のために
訪れた金田一耕助と
助手の立花滋少年は、
燈台守から奇妙な相談を受ける。
一週間前に来訪した男が、
嵐の夜に姿を消したというのだ。
その夜、
不思議な叫び声が聞こえ…。

「黄金の花びら」
午前二時の深夜、
竜男と由紀子は
勇気を出して物音のする
書斎の様子をうかがう。
部屋の中では、
巷で騒がれている百蠟怪盗が
窓から逃げようとしていた。
威嚇のために
竜男は猟銃を放つが、
怪盗は背中を打ち抜かれて
死んでいた…。

確かに1970年代、
横溝正史ブームが再燃した際、
当時の子どもたちにも
横溝作品を味わわせたいという
作者・編集者・出版社の
思いがあったのでしょう。
そしてそうした編集によって
当時の朝日ソノラマ文庫や角川文庫が
大いに売れたことを考えると
十分に意味があったのだと思います。

それとともに、
横溝正史本来の文章を
読みたいというのもまた、
現代の私たちの願いでもあるのです。
本書の価値は、
朝日ソノラマ文庫や角川文庫で
その世界に入り込んだ私たちが、
大人となった今、その本来の姿を
知ることができるという点において
大きな価値があるのです。

今年は横溝正史没後40年、
来年は横溝正史生誕120年の
記念の年です。今こそ
横溝ジュヴナイルを読みましょう。

(2021.8.6)

Free-PhotosによるPixabayからの画像

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